群速度の謎

伝送線路を伝搬する電磁波の速度としては、次ぎの2つがよく使われます。

位相速度は伝送線路を伝搬する 単一正弦波の等位相面の伝搬速度群速度 は周波数が僅かに異なる2つの正弦波の合成波形からできる 包絡線の伝搬速度で、 伝送線路の2次定数で表現すると、それぞれ下記のようになります。

  Vp = ω/β                                              (1)
  Vg = dω/dβ                                            (2)
  ここに、
	Vp = 位相速度 (m/s)
	Vg = 群速度 (m/s)
	ω = 2*π*f = 角速度 (rad/m)
	π = 3.14159265.. (円周率)
	f = 周波数 (Hz)
	β = 伝送線路の位相定数 (rad/m)
	dω, dβ = それぞれ、ωとβの微分

分散(dispersion)のない系、すなわち、無損失または無歪で、 位相定数βが周波数に比例している場合は、位相速度と群速度が一致して、 周波数に無関係な定数になります。

一方、多くの書籍(注1)には、

といった説明が見られますが、これが正しいかどうかを考えてみましょう。

何故、この疑問が生まれるかを説明するために、 以下、ごく一般的な伝送線路に於ける群速度を考えます。

まず、ヘビサイド(Heaviside)の電信方程式(Telegraphists' Equation)で表現した 伝送線路の位相定数は次のとおりです。

  β = sqrt(0.5*(sqrt((R^2+(ω*L)^2)*(G^2+(ω*C)^2)) + (ω^2*L*C - RG)))    (3)
  ここに、
	R = 線路の抵抗 (Ohm/m)
	L = 線路のインダクタンス (H/m)
	G = 線路のコンダクタンス (S/m)
	C = 線路のキャパシタンス (F/m)

βの周波数特性は簡単とは言えませんが、 ここでは、最も一般的な用途である、高周波領域、つまり、 ω*L/R >> 1 かつ ω*C/G >> 1 の場合を考えます。 この場合は、

  β 〜 ω*sqrt(L*C)*(1 + (R/2/ω/L - G/2/ω/C)^2)                          (4)
の近似が成立ちますから、位相速度は、

  Vp = ω/β 〜 (1/sqrt(L*C)*(1 - (1/2)*(R/2/ω/L - G/1/ω/C)^2)            (5)
になって、1/sqrt(L*C) より小、かつ、 周波数の増加とともに 1/sqrt(L*C) に近付きます。

非磁性で比誘電率が 1 という理想に近い伝送線路では、

  1/sqrt(L*C) = 1/sqrt(μ0*ε0) = c
  ここに、
	μ0 = 真空の透磁率
	ε0 = 真空の誘電率
	c = 真空中の光速
というわけで、1/sqrt(L*C) は光速ですから、 位相速度が光速を越えることはありません。

次に、群速度を求めますが、 ωをβの関数で表現するのは面倒ですから、 逆関数の微分を使って、dβ/dωからdω/dβを求めることにします。 この作戦だと、群速度は、

  dβ/dω 〜 sqrt(L*C)(1 - (1/2)*(R/2/ω/L - G/1/ω/C)^2)                   (6)
から、

  Vg = 1/(dβ/dω) 〜 (1/sqrt(L*C)*(1 + (1/2)*(R/2/ω/L - G/1/ω/C)^2)      (7)

と計算できて、こちらは、1/sqrt(L*C) より大きくて、 周波数の増加とともに 1/sqrt(L*C) に近付くことになります。

つまり、理想に近い伝送線路では、高周波で、 群速度が光速を越えます

かくて、 もしも、群速度がエネルギや情報の伝搬速度であるとしたら、 ごく簡単な架空線路を用意するだけで特殊相対論の間違いが証明できることになるのですが、 はたして、これは世紀の発見になるのでしょうか?

注1

例えば、

  三輪進,- 高周波電磁気学
	(東京電機大学出版局) ISBN4--501-10530-5
  の 139 ページ - 「群速度は信号ないしエネルギの伝搬速度として知られている」

  岩橋榮治,- 伝送工学概論
	(東海大学出版会) ISBN4-486-01292-5
  の 65 ページ - 「群速度は情報の伝搬速度を表す」

  田中勝廣,- 電磁気学計算法
	(日本理工学出版会) ISBN4-89019-129-1
  の 175 ページ - 「空間内を波動のエネルギとなって伝ぱんする速度を群速度(group
  velocity) という」

  松田静男,- 導波伝送基礎理論
	(東海大学出版会) ISBN4-486-01178-3
  の 37 ページ - 「波のエネルギーあるいは信号が伝搬する速度を群速度という.」

  A.P.フレンチ,- MIT 物理 振動・波動
	(培風舘) ISBN4-563-02173-3, (平松惇・安福精一監訳)
  の 210 ページ - 「また波としてのエネルギーの輸送は群速度で行われることがわかる。」

  高村秀一,- 理工学のための電磁気学入門
	(森北出版) ISBN4-627-73441-7
  の 161 ページ - 「(位相速度は)、一般的には波のエネルギーが運ばれてゆく速度、
  すなわち、群速度とは異なる.」
等、たくさんあります。

平林 浩一, (C) 2006


ホームページに戻る